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重量感

電波に乗って届く声を辿りたい
頭の中で響くそれを何度も繰り返して笑うことも、少しだけ

結局私に起こることのほとんどが私次第であることにとっくの昔に気付いてる
思いっきり他人や物や時間のせいにしたりしてきたけど
バレバレな嘘もついたし、苦しい言い訳もした
それっぽく且つ私がちゃんと守られるように上手に嘘をつけたこともある
本当は今だってそんな嘘をついてる途中



たまに寂しい夜、真っ暗な部屋でロウソクに火を灯してる
息を吹きかけただけで消えてしまう姿を見ては
私もそうだったらいいのにと何度思ったんだろう
あと何回この夜を越えたら、と

乾燥機の音に安心感を覚えてよく眠れた夜から3日

何もしたくなくなって何もしなくなった
働きもせず自分のしたいことしかしない一月を過ごしてみた
と言ってもほとんど家で過ごしていたからとくに何した訳でもないのだけれど
今まで必死に働いてた時間全部取り返したんじゃないかってくらいひたすら休んだ

来月の収入がないことを頭の隅に入れて、
家賃とか奨学金とか生活費とか光熱費とか年金とか
最低でも来月いつも通り生き抜くのに必要なお金の事を気にかけながら生活して
ただ何と無く、漠然とした不安と一緒に
少しの希望を忘れずに大事に抱えている私が
ひどく滑稽なことに変わりはないのに
目的も無くバカな顔してふらふら彷徨っているのを
あの人が見たらどう思うだろうな
知られたくないのに全てを包み込んでほしいと思うこともあるね


ひどいことをしちゃった人たちには許してほしいのに
私の中にはどうしても許せない人がいてね
みんなもそうなのかもしれないと思った
でもごめんなさいはした方がいいんでしょう
難しいよね 許してもらえないの分かってるのに謝るの嫌だよね
そこまで追い込んでしまった自分を恥ずかしく思うよね
それもキツいよね それがキツいかもね




散歩に行ったら桜をいくつか拾って帰って、グラスに張った水に浮かべるくらいの余裕がある
それを見て喜んでくれるひとの顔を忘れたくないと思って隠れて写真を撮った
同じ時間の中にいるといろんなものが尊い
そんな時間に溺れて溶けて泡になって弾けて跡形も無く消えてしまえたらいい
だけどもし消えたらちょっとだけ悲しんでほしい



お風呂場の鏡に向かって泡立てた石鹸何度も投げつけたりもした
どうやっても綺麗に出来ないものってある

染まり難い深い色に無理やり新しい色入れちゃったみたいに濁ってしまった
もう取り返し付かないかもね



一月何もしないでいたらくだらない悩みが増えた という心底くだらない話

暮らす街の騒音に慣れてしまったら

店の洗浄機の音とか見もしないくせに付けっ放しのテレビとかあの人の寝息とか
ほかの音が気になったり、気にならなかったりするね

一緒にいてくれて嬉しいね
でも不安になったりもしちゃうね
何が本当でもしかしたら嘘かもわからない
だけど信じたいんでしょ
こんな気持ちはどうしたらいいんだろうね
私の劣等感はどうしたら消えるだろうね

最近は嫌なこと全部ストレスのせいにしてきたな
お医者さんも全部ストレスのせいにしてたな
分からなくてしんどくて嫌々ってしてるの子どもみたいだね
わがままで可愛げもなくてごめんね

星空というほどのものじゃないけれど星は見える
田舎の人が小馬鹿にする都会の星はきっと思うより綺麗

好きなものだけ詰め込んだ宝石箱
物も人も気持ちも言葉も記憶も全部詰め込みたい
三角形を見てどんな気持ちになるかな
あの人はどんなこと思うかな

鼻水垂れたら黒かった話

炭割ったりガリガリしたりして宙に舞う灰を吸い込んだあとの鼻水、ほんとに真っ黒だし鼻かむと毎日真っ黒


一人暮らしを始めて一年経って、色んなこと必死にやるようになった。
仕事のことも家のことも人と関わることも、とにかく必死にやってた。
だけど私、もっと他人に優しく出来るようにならなきゃ駄目だよなぁって何度も何度も思ったな。
表面上だけでもいいから、大人の対応が出来るようになりたいなと思った。
来年はもっともっと頑張ります



今年はよく働いた一年だったと思います
よく頑張りました
こんなときくらい褒めてあげようね



楽しかったことも面白かったこともつまらなかったこともしんどかったことも悲しかったこともそれなりにありました

まあまあ怒ってたな
つらくてごはんが喉通らない日もあった
痛い思いもした
だけどたくさん笑えたな


1年弱の片想いは最悪な終わり方をした
ほんとに好きだったのにな
苦しくて泣いたりもしてたかも
だけど時間の持つ力はずっと大きかったです

今は幸せだと思う
私も幸せだって思ってもらいたい
そう出来たらいいなと思う、一緒に



仕事は異動になってから忙しくて少し大変になった
でも出来ることが増えるのは喜ばしいことだね
リーダーなんて柄じゃないけど、ちょっとでも信頼してくれてるんだと思うと嬉しい

来年はまたどうなってるかわからないけど、私が今ここで働いてる時間は無駄じゃないと思う
色んな人に会って、学べて、一年前よりは大人になれた気がする



あと引っ越しもしました
きっと私みたいなのが引っ越し貧乏になるのかも
引っ越してからは実家にあんまり帰らなくなって
自分の家がこんなに落ち着く場所になったのはどうしてだろうね

今はただ単純にこの街がすきだよ
商店街も八百屋のお兄さんも古着屋の店員さんも
嗅ぎ慣れた匂いも見慣れた景色も
毎日通る帰り道がすき



きっともっと色んなこといっぱいあったと思う
ふるいにかけたら落ちて積もっていくような小さなこと、色んな気持ち、たくさん

だけどやっぱり覚えてないんだね
すこし寂しい気もするね
自分の中の優先順位がはっきり分かっちゃったりもするね

だけど全部が私を作っていくんだな
来年の今頃、今の自分よりも反省点見つけられないといいな。
今年も反省ばっかりでした。
だけど生きてるのたのしいです。


関わってくれたみんなありがとうございました
来年もどうかよろしくね

午前8時32分

田舎にいる時の澄んだ空気とか綺麗な星とか静かな街とかゆっくり流れる時間とか好きだけど落ち着かないことに気づいた 都会の賑やかな音も星の代わりに明るい街もみんなが時間に追われている感じもその中に感じるゆったりした時間も好きな人がいるあの場所も、戻ってきたら安心する 朝から感じの悪いタクシーの運転手に当たってしまったことだけが少しあれだけど またいつもみたいに働いて好きな人に会って家のことをやって都会での生活を取り戻して、肌寒くなる頃に夏が恋しくなってはあの人のことを思い出して、きっと少し寂しくなる そんな夏

頭の先から爪の先まで

わたしのことだから分かっているようで何にも分かってないのに知ったふりして澄まし顔なんかして腹立つよね 目に見える変化なんか今はどうでも良くて本当に知りたいのはもっと奥の簡単には見えないところにあるのに 水道水の味で思い出すことって中学の部活動とかよく遊んだ公園とかそういうのだな 虹に近づくと消えちゃう感じに似てた はっきりしなくて不甲斐なくて落ち込んだ わたし明日も同じことでへこんでるのかな 情けないね 頑張ってるように見せてるだけなのかも知れない 頑張ってないわけじゃないけど一生懸命やってますってアピール、もういらないね わかる 簡単に嘘つくひとになりたくないしあの子の嘘も見破りたくない あの人の言葉はわたしの好きに受け止めたい 同じ気持ちになるのは難しいことなんだと思う わたしのこと分かってくださいなんて言えない でも知ってほしいとは思ってるよ 闇を知る度にわたしの気持ちが少し晴れるから落ち着いていられないの ざわめくってこんな感じかって何度も確認した 好きだからだよ 少し固めに炊いたごはんを食べたい 思い出すことがいくらでもあるでしょう

思ってることを書くだけなのでオチはないです

性格は良いに越したことはないけど、どう頑張っても変えられない部分というのはある。

でも誰にでも優しいっていうのは難しい。
みんなに親切にすることと誰の言うことも聞いてあげちゃうのは違う。
わたしは好きな人たちの頼み事とかお願いはほとんど何でも聞いちゃう方だと思う。でも嫌いな人の言うことは、本当は出来るけど断ったりする事もある。そんなもんなんだと思う。
好きな人の前でだけ良い子を装っているというよりは、好きな人に対しては良い子なんだと思う。好きな人の前でも嫌いな人には当たりが強いし、言う事も言っちゃう。言いすぎたかなと思うときもあるけど間違ったこと言ったとは思ってない。
良い子なときも嫌な子なときも、どっちもわたしだと思う。
だけどこういう勝気でわがままなところ
学生時代は悪く言われたくない気持ちが強すぎて出していけなかったところ
これまで出来た友達に見せても嫌われていくだけかもしれないところ
一回ダメになっちゃうともう良いやって隠すことをしなくなるけど、失望した人もいるんだろうなとか思う。
 
 
好きな人に好きって思ってもらえたら死ぬほど嬉しいけど、全然そんな風に思ってもなかった人から寄せられた好意は、正直なところ嬉しいとかありがとうという気持ちにすらなれない。
好意の寄せられ方にもよるけど、意味のわからない連絡が来たりとかすごい見てくるとか、それなのにいつも直接関わってこようとはしなくてとか、そういうの、なんか気持ち悪い。
 
 
目の前のごはんと好きな人のことしか考えたくないです。
だけど生きていくには働かなきゃいけないし、しがらみだらけの人間関係も我慢して上手くやっていかなきゃいけないし、上手くいかないこともあるし、幸せなことだけ考えるというのは不可能だと思う。
私が可愛くて性格も良くて誰からも好かれるお金持ちにでもならない限りは。
実際にそうなっても、悩みは尽きないと思う。
 
 
もし好きな人との子どもが出来たら、それはもう愛おしくて尊くて、どうにかなってしまうかもしれない。
 
本当に自分の目で見たことのある景色じゃなくても懐かしく思えるのはすごく不思議じゃない?
胸がキュッて苦しくなったりする。
でも昔どこかで見たことがあるんじゃないかとか色々考えちゃう。結局思い出せることはないのだけど。
 
 
少し話が戻るけど、誰かの言うわたしの本性は間違ってると思う。
何度でも言うけど、家族が知ってるわたしも、仲良いあの子が知ってるわたしも、嫌いなあの子が知ってるわたしも、大好きなあの人が知ってるわたしも、全部わたしだから。
 その人に対してのわたしの感情がどうであれ、どんな風に関わろうと、わたしの自由じゃない?
みんなそうだと思っているよ。
誰にでも優しくしてたあの子にも、本当は嫌いな人がいたように。
強がって悪ぶりたいあの子にも、弱いところがあったように。
大人しそうに見えたあの子が、裏ではあれこれしていたように。
どんな面があっても、わたしの知るその人はその人が自由に作ることが出来るし、作るというよりは自分の性格とか感情で自然とそうなってるんだと思う。
わからないけど。
わたしがそうだからそうなのかなって思う。
良い子だと思っていた子の悪いところを知ると少し衝撃的ではあるけれど、それを裏の顔みたいに思うことってない。
年がら年中良い子でいる子なんていないんじゃないかと思う。
嫌いな人と好きな人に対する態度が違うなんて、よく考えなくても普通のことだと思う。
 
 
 
雨の日が少しだけ好きになれたのは、あの人が一緒の傘に入ってくれたから。
だけど、たばこ休憩の時間が短くなっちゃうのは少し悲しいかなぁ。
借りたシャツの匂いがいつも隣にいるときに感じる匂いと一緒で、ああ好きだなって思った。
きっとこういうの全部当たり前じゃなくなる日が近づいてるね。
だけど、いかないで とも思う。
思うというか、それは言ってみたけど
 
もし好きって言ったら、このもやもやは全部なくなるのかな。
 
やっぱり晴れた日に一緒に帰りたいです。
 
 
 
お腹すきました