読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

思ってることを書くだけなのでオチはないです

性格は良いに越したことはないけど、どう頑張っても変えられない部分というのはある。

でも誰にでも優しいっていうのは難しい。
みんなに親切にすることと誰の言うことも聞いてあげちゃうのは違う。
わたしは好きな人たちの頼み事とかお願いはほとんど何でも聞いちゃう方だと思う。でも嫌いな人の言うことは、本当は出来るけど断ったりする事もある。そんなもんなんだと思う。
好きな人の前でだけ良い子を装っているというよりは、好きな人に対しては良い子なんだと思う。好きな人の前でも嫌いな人には当たりが強いし、言う事も言っちゃう。言いすぎたかなと思うときもあるけど間違ったこと言ったとは思ってない。
良い子なときも嫌な子なときも、どっちもわたしだと思う。
だけどこういう勝気でわがままなところ
学生時代は悪く言われたくない気持ちが強すぎて出していけなかったところ
これまで出来た友達に見せても嫌われていくだけかもしれないところ
一回ダメになっちゃうともう良いやって隠すことをしなくなるけど、失望した人もいるんだろうなとか思う。
 
 
好きな人に好きって思ってもらえたら死ぬほど嬉しいけど、全然そんな風に思ってもなかった人から寄せられた好意は、正直なところ嬉しいとかありがとうという気持ちにすらなれない。
好意の寄せられ方にもよるけど、意味のわからない連絡が来たりとかすごい見てくるとか、それなのにいつも直接関わってこようとはしなくてとか、そういうの、なんか気持ち悪い。
 
 
目の前のごはんと好きな人のことしか考えたくないです。
だけど生きていくには働かなきゃいけないし、しがらみだらけの人間関係も我慢して上手くやっていかなきゃいけないし、上手くいかないこともあるし、幸せなことだけ考えるというのは不可能だと思う。
私が可愛くて性格も良くて誰からも好かれるお金持ちにでもならない限りは。
実際にそうなっても、悩みは尽きないと思う。
 
 
もし好きな人との子どもが出来たら、それはもう愛おしくて尊くて、どうにかなってしまうかもしれない。
 
本当に自分の目で見たことのある景色じゃなくても懐かしく思えるのはすごく不思議じゃない?
胸がキュッて苦しくなったりする。
でも昔どこかで見たことがあるんじゃないかとか色々考えちゃう。結局思い出せることはないのだけど。
 
 
少し話が戻るけど、誰かの言うわたしの本性は間違ってると思う。
何度でも言うけど、家族が知ってるわたしも、仲良いあの子が知ってるわたしも、嫌いなあの子が知ってるわたしも、大好きなあの人が知ってるわたしも、全部わたしだから。
 その人に対してのわたしの感情がどうであれ、どんな風に関わろうと、わたしの自由じゃない?
みんなそうだと思っているよ。
誰にでも優しくしてたあの子にも、本当は嫌いな人がいたように。
強がって悪ぶりたいあの子にも、弱いところがあったように。
大人しそうに見えたあの子が、裏ではあれこれしていたように。
どんな面があっても、わたしの知るその人はその人が自由に作ることが出来るし、作るというよりは自分の性格とか感情で自然とそうなってるんだと思う。
わからないけど。
わたしがそうだからそうなのかなって思う。
良い子だと思っていた子の悪いところを知ると少し衝撃的ではあるけれど、それを裏の顔みたいに思うことってない。
年がら年中良い子でいる子なんていないんじゃないかと思う。
嫌いな人と好きな人に対する態度が違うなんて、よく考えなくても普通のことだと思う。
 
 
 
雨の日が少しだけ好きになれたのは、あの人が一緒の傘に入ってくれたから。
だけど、たばこ休憩の時間が短くなっちゃうのは少し悲しいかなぁ。
借りたシャツの匂いがいつも隣にいるときに感じる匂いと一緒で、ああ好きだなって思った。
きっとこういうの全部当たり前じゃなくなる日が近づいてるね。
だけど、いかないで とも思う。
思うというか、それは言ってみたけど
 
もし好きって言ったら、このもやもやは全部なくなるのかな。
 
やっぱり晴れた日に一緒に帰りたいです。
 
 
 
お腹すきました